今のキモチ

喪失感 というよりは

すべて完結したんだ が近い

してあげられて本当に良かったと感じた「湯灌の儀」までは そばに居た母も

昨日の通夜が近づき 棺に納められ祭壇に祭られると 徐々に遠くなり始める

賑やかだった通夜の会食もつかの間 あっという間に今日がきて

いよいよ本当の別れが近づいてくる

孫の写真と 大好きだった花でいっぱいになった棺が閉じられ

炉の扉を父が閉めるまでは 涙が止まらなかったが

母が空に消えていくころには

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キモチの整理はつき始めていて

もう収骨の際には 涙は出なかった

ただ 母の骨にはこれまでの彼女のがんばりが残されていた

そしてやっと 5年前の七夕に家を出て以来の母を

連れて帰ってあげることが出来た

晩年の人生は 母の望んだものではなかったと思う

ただ毎日 病院や施設に通い続けた母に対する父の愛は

母がこうならなければ気づかなかっただろう

今回の葬儀でも一番心残ったのは

通夜の会食の挨拶で 父が泣いたことだった

母さん 父さんと結ばれて本当に良かったね

あなたの子供で本当に良かったです

生んでくれてありがとう!
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遺影とイエィ♪

通夜は 無事終えることができた

その後の会食も進み 勢ぞろいした孫たちは

スマホで SNOW撮りまくり・・・

もしこの場に母が居たら 当然入っている訳で

じゃ これでいいんだ

ネズミになった 母と孫たちを♪

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明日 棺に入れてあげよう

1781日間

母のがんばりは終わった

サイレントモードを解除し忘れていたことを激しく後悔した

昨日一気に状態は低下 家族がそばにいることが許され

酸素濃度は80%しか維持できなくなっていたものの

一晩乗り越えてくれた

朝には少し上向いた気配を見せてくれ 酸素も90%を超えていたので少し安心したのが間違いだった

20分ほど前に父と話しを聞いた時は 大丈夫そうだったのに

直後急変 そばにいた家族からの18通目の連絡に気づき 折り返した妹の声は

「母さんもうだめ・・・医者の到着待ち・・・すぐ来て・・・」

あわてて向かったが あきらめていた

たどりついた部屋の扉の奥には

朝分かれた時とは変わって 顔が真っ白になってしまった母が居た

「やっと楽になれて、よかったね」 と 母のほほをなでた

エンゼルケアを受け 薄化粧を施され母は寝ているみたいで

メイドさんみたいな フリフリが顔に巻かれていて 笑ってしまった

予定の時間が来て寝台車に乗り込む時は 多くのスタッフさんが見送ってくれた

斎場に向かう前 自宅を経由してもらい

スタッフさんが 布団と白布をめくってくれた

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家を出たあと スポ少で通った小学校だよ

帰りのラーメン屋 美味しかったね

大好きな学園の前通るよ と母と話した

そして以前の家の近くや 母がママチャリでよく行ってたスーパーの前を経て斎場に

着いたときは 目頭が熱くなった

控室に母が安置されると ほどなく式の打ち合わせが始まったが

事前相談のおかげでスムーズに進み

祭壇は母らしい花で彩ってもらうようにお願いした

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夕食を取り 再び訪れた控室は

賑やかな宴となっていた

大好きだったいっぱいの花と一緒に

賑やかに送ってあげよう


左大腿頚部骨折

現場だったので気づかなかったが

じーちゃんから着信 都合の良い時連絡くれ と

予感どおり いい話じゃなかった

ばーちゃんの施設から 連絡あって

世話で動かすと極度に痛がり 様子がおかしいので病院へ連れて行ったところ

骨折発覚! とのこと

昨日までは そんな素振りはなかったのに と思うもの

今のような状態が続くと 起こりうることは

倒れた時から聞かされていたので 受け入れざるを得ない

安静にしていると 普段と変わらず落ち着いてる

コルセットで固定すること 全治6週間

ただ そのコルセット これが4万数千円!?

9割保険適用とはいえ 言い値の世界

おとといは前向きになれたのに

またテンションさがる・・・

5年目

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突然母が倒れて 4年間が過ぎた

あれ以来 声は聞けず 寝たきりだが

今日もベットでこっちを見る 母が居る

それを毎日看守る 父も居る

当時医者から聞かされていた話では

5年目は 考えられなかったけど

良いも悪いもない これが日常

5年目を受け入れよう!

で 〆るつもりが

こんな日に限って

世の中には どーしょうもないカスが居るものだとは思っていたが

まさか 身近に居たとは・・・

あぁ酒マズ