乗り越える

お世話になってる病院からも

診療情報が提供され

月が替わる頃には 母はリハビリ病院へ 転院できそう

安心してたら

ちょっぴり震えた声の おとーとから 着信

長年世話になってる民宿のマスターが

亡くなった   と

い っ た い 今 年 は

な ん な ん だ っ !!!

と 感じた

だが 起こってしまったことは受け入れて

乗り越えてくのが

生きてるほうの

務めだ

母を元気にして

缶酎ハイぶらさげて

また島へ行こう!
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連休終えて

【23日】

いもーと家族が帰ってきて 病室は人であふれてた

母の状態も良く 笑顔でみんなで食事に出かけた

一人残ってくれた叔母が

タイヘンだったことも知らず

【24日】

サントリーがプレゼントしてくれた

地元の温泉だけど 1泊2日2食付の旅へ

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どうせタダだし・・・ と

期待せずに向かったけど

さすが 有名旅館

心地よく もてなしてくれた

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バウチャーには 「大広間での夕食です」とあったのに

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個室だったうえに

食べなれない料理は 食べきれないほどで

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アレルギーリクエストしていた

かーさんの茶碗蒸しは 松茸だった!

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残念ながら とーさんは泊らずに最終便で帰宅

LEONたちのご飯に戻る

【25日】

始発でホテルに戻り みんなと合流

朝風呂 朝ビール

これまた期待していなかった

大広間での朝食バイキングに裏切られた

板前さんが焼いてくれる ダシ巻き

もう食えないと 思っていた

母の味を 思い出した

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【今日】

昨日の朝見た

アイツが出てきた夢のことを考えてた

「なんやぁ~ソレェ~ オマエの偲ぶ会までしたんやぞぉ~」

と 笑ったのは

やはり夢だった

「足が寒い」と風呂上りに言ったらしい 母を

見舞って帰れば

アイツの嫁さんから

喪中の葉書が届いてた

シアワセな一日

「忍 耐     ですかねぇ~」

と 結婚60年以上のじぃちゃんは

テレビで言ってた

そういう日だとは 知ってはいたが

偶然にも 目の前に現れた車もそうだった

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こんなこともあるんだと

来週の仕事の打ち合わせに行った方と 昼飯へ

薦められて

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ガッツリ!!ラーメン大 野菜&カツオ増し!!(無料~)

食べ始めて

箸を止めたら 負けるな・・・

と思いながら 完食 (さすがにコッテリスープまではムリだったけど)

いつまでも重い腹を抱えていたら

いつもの木に卵が見当たらず

心配していた かーさんから

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「今年はブロック塀だった~」 と

メールが来た

仕事を終えて 母に会いに行って

日課をこなしたけれど

夜9時過ぎても

空腹感は やってこなかった

道は開ける

お世話になっている病院の 婦長さんに会いに行った

不義理もあったので ちょっとは覚悟してたけど

杞憂だった

ウチでは ご家族が希望するリハビリは出来ません

希望先が受け入れてくれるのならば 是非行くべきです!

と 言ってくれた

そして リハビリが終わった後も

再び受け入れられますよ とも

結局いろんなことが

結果オーライになってきた

思いたい

遅きに失したのではなく

機が熟した



3ページ目をめくろう

「お聞きしたところでは、正直キビシいのではないかと・・・」



回復とは言えないまでも 最近のちょっとした好転と

義理は欠いたけど

深く考えず父が他院でもらってしまった紹介状を持って訪ねた

リハビリ病院の院長さんは 言った




しかし こう続いた

「ご家族のお気持ちは、良くわかります。

ある程度の期間を限ってであれば、受け入れましょう。」

(!!!)

急性期リハビリの対象外だし

正直受け入れは ないと思ってたけど

動いてみないと分らないものだ



その後の説明では

家に帰れるような回復は とても望めないようで

そうだろなと 家族も理解してるので

「車イスに座れれば結構だと考えてます」

と答えたら

「お待ちください、ソーシャルワーカーを呼びますので」

と言ってくれた

やろうとしてることは

10階から落ちるところが

9階から落ちるくらいかもしれないし

9階に行けても リハビリが終われば

結局 10階からに戻ることになるのかもしれない

ただ ダメもとでも

新たな展開ではある

紅葉と快晴の空の下で

ボール投げをしながらリハビリしてる様子を眺めながら

自転車置き場にたどり着けば

なんだか日差しが うれしい~

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まだまだ行ける

病室に入ると

だれも来てないのに 音がしてる

母はきょろきょろと 天井を眺めたりしてた

ミュージックプレーヤーやTV

ICレコーダ

色々試してきたけど

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叔母と父がさがしてきた 1,980円

これがあったかぁ 思いつかなかった 

ベストな気がする

2日ぶりに足の運動していると

かーさんからメール!?

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20万越え

きちんと世話をすれば

車も 人も

応えてくれるはず

ゼッタイ的

今日の朝日新聞で

お父さんとのエピソードとして

湯浅誠さんが語っていた

「絶対」 に 「的」 は

つけない

考えたこともなかったけど

確かに そうだ

結論

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メガジョッキを傾け

母もそうだけど

この市場も 心配しつつ

オマーン戦も肴にしながら

父と弟と ゆっくりと飲んで 話して

分った

結論は 最初から出てた

座して 死は待たず

スイッチ

いい年だと勘違いした 正月

3月は 腹が立って腹が立って

4月は アイツが

7月には 母が

ウニみたいなココロの日々が続いてた

なんかしなきゃと

午後から休暇を取り

何もせず猫と一緒に日向で夕方まで寝たら

さらにマイナスに傾きかけたと昨日の飲み会と

今日読んだ本と

何なんや~と思えた職場での出来事が

何だか うまく作用してきた

ヒトのココロは変われる


冬立ちぬ

母が倒れて 4ヶ月

病院近くで仕事が終わったので

今日は早めに 母の顔見に行って

家とは反対に歩いていくと 駅前では 早くも

でっかい クリスマスイルミネーション を

業者さんが準備してた

帰りに写メしよ! と

急に発生した 飲み会へ向かう

予定を1時間越えて帰路につけば

イルミネーションは消えてた

セッティングだけだったみたい 残念・・・


転院前センセから聞いたとおり

確かに症状は固定しているみたいで

大きな変化は

ない



何言ってるんだか分らないんだけど ホェホェ言ってるし

口腔ケアって 大事なんだなぁ

ってことも 解ってきた

色々悩むけど

できることは

しよう

ポカポカ

ここんとこの冷え込みと

手持ちの保温電球が少なくなってきて

イグピーの温室がコントロールできなくなってきたので

新しい保温電球 購入~

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生体には見えない光で 夜もポカポカ

くすんで黄緑色になっていたもイグピーも

パステルグリーンになるだろう

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あったかそ~

なんか動物園っぽくなって イイ感じだ

写真撮ってたら

かーさんが

私の画像もUPしてよ~

先週の金曜の夜

ハロウィンのブログ書いてたとき

かーさん:とーさーん、ヘビ逃げとるでぇ~!!

とーさん:捕まえとってぇ~

と さけんで

ブログ更新してたら メールが来た

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壁を垂直に登ってく3号(アオダイショウ)であった・・・

女子会

いもーと主催

恒例の ハロウィンパーティーが

2日遅れで開催された

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毎度毎度

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いもーとが書いたイラストを

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壁に貼り付けるだけという

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質素な飾り付けではあるが

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それなりに 楽しそ~

聞けば

今日はハロウィンパーティーじゃなくて 女子会だそうで

お腹がふくれた後は

アロマや コイバナで

盛り上がってました

出来るうちに

帰りは 山頂から紅葉してる山々 

行きは 綿菓子のような 雲のじゅうたん と

ボーイング737-300からの景色に

キモチが洗われた 昨日今日だった


昨夜

7ヶ月ぶりの同窓と めんたいモツ鍋をつついた時も

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学生時代 世話になった飲み屋に

お上さんや大将の顔見に行った時も

話題になったのは

やりたいことを 出来るうちに! だよね


帰って 母に

4ヶ月ぶりの緑茶を

数滴 飲ませてあげた